TV放送:1月6日午後13:30〜18:00。 最終結果&ダイジェスト22:55〜23:10
ことしも名人戦・クイーン戦の時期がやってきました。過去何回かテレビで見ている人や、今回テレビで見て興味を持った人向けに、競技かるたテレビ観戦を10倍面白くするちょっとディープな豆知識を紹介します。競技かるた経験者のかたにとっては以下の文章は「一部の戦略やテクニックのみ誇張した文章」、と思われるかもしれません。競技かるた未経験者がテレビ観戦を楽しむため、ということでそこはご容赦ください。
競技かるたは非常に奥が深いため、競技経験者は一般人とは違った「プロならではの楽しみ方」をいろいろしています。そこで過去何回か名人戦クイーン戦中継を見てそれなりに観戦の仕方を知った人を対象に、「プロの観戦」のほんの一端を紹介。競技ルールや、「決まり字の変化」の存在、「払い手や囲い手などの取り方」は、毎年名人戦クイーン戦の中継で紹介されています。すでにそれらをある程度知っている、ということを前提に観戦ポイントを書いてみましょう。
西郷名人は現在8期連続名人位のタイトルを保持しており、これは連続名人位記録としては種村貴史永世名人と並んで史上2位タイの記録である。つまり今年は、もし勝てば9連覇となり単独2位となる名人戦となる。なお、歴代1位は正木一郎永世名人の10期連続だ。ちなみにクイーン位では、渡辺令恵クイーンが11期連続という大変な記録を持っている。
西郷名人のものすごい記録は、実は名人位を取って以来名人戦を全て3−0のストレートで勝っているということである。初めて名人位を奪取したときも0−2のビハインドから3連勝で逆転勝利を飾っているので、西郷名人は現在まで名人戦の場で24試合勝ちつづけていることになる。当然、この記録は史上最長の連勝記録。今年もその記録が伸ばせるかが注目される。
一方、土田挑戦者は、西郷名人に対して実に5度目の挑戦。つまりは過去4回とも0-3ストレート負けしているということになる。苦手天敵西郷名人に、今年は名人戦の場で一矢を報いることができるか、注目される。
平成17年に史上最年少の中学生クイーンになった楠木クイーン。今年は2度目の防衛戦となる。過去クイーン位を3期連続保持したのは4人のみであり、今年の戦績が注目される。
実は楠木クイーン、昨年の6月まで大変な連勝記録を続けていた。競技かるたの世界では名人戦・クイーン戦のようなタイトルマッチとは別に、フィギュアスケートやF1のように日本全国各地で年間いくつもの全国大会が開催されている。これらは男女年齢区別のない実力クラス別トーナメントの形式で開催される。楠木クイーンはこのうち最高クラスのA級トーナメントで、平成15年の秋に負けて以来、平成18年の6月まで3年弱の間誰にも負けないという記録を作っているのだ。
ちなみに、これらの連勝記録の中には今回クイーン戦で戦う鋤納挑戦者も、含まれている。これまでこうした一般トーナメントでは楠木クイーンに苦杯の鋤納挑戦者、クイーン戦の本番で一矢を報いることができるか。
競技かるたは100枚の札のうち50枚を使い、試合の進行と共に場にある札が減っていく。試合終盤になると名人戦クイーン戦でも場にある残り札が表示されることがあるので、作戦を考えながら観るとTV観戦がいっそう面白くなる。たとえば、試合中、「同じ音で始まる札」が場に一枚しかない時それを「単独札」と呼ぶ。単独札と単独札でない場合とで取り方や作戦が変わってくることを以下で説明してみよう。
一字で取れる札(元々一字の「むすめふさほせ」に加え、試合中に決まり字が変化して一字になった札もある)は当然「単独札」である。音を聞いたらその札を取りに行けばよい。
二字決まりでも、例えば場に「たか」(=「高砂の尾の上の桜・・・」)があって、「た」で始まる札がほかに無いときは、この「たか」は単独札である。プレーヤーは「た」の音を聞いたらその瞬間に「たか」のギリギリ近くまで手を出し、2文字目が「か」であれば「たか」を取ればよい。2文字目が「か」でなければ、手をよければよい。つまり一字決まりの時と取り方はそれほど大きく変わらない。
要するに単独札のときは純粋に、音に対する反応・払いのスピード・決まり字の聞き分け、といった「基礎技術」の勝負になるのだ。
なお、決まり字が長い単独札のときは、決まり字が読まれる前にその札を手のひらで囲って、決まり字が読まれるまで相手の手から札をブロックする「囲い手」も、頻繁に使われる。
では、たとえば「たか」と「たき」(=「瀧の音は絶えて久しく・・」)の2枚が、別の場所に離れて存在していたらどうするか?「た」の一音目の瞬間でどのように手を動かせばよいのだろうか?
どちらかの札を決まり字前に囲うのがよいのか?あるいは2文字目の決まり字が聞こえるまで待ってから手を動かすのが良いのか?それ以外の方法は?
こんなとき様々なテクニック、戦略、そして駆け引きが絡むのが、競技かるたの魅力の1つである。
試合終盤になると名人戦クイーン戦でも場にある残り札が表示されることがあるので、この点に着目するとTV観戦がいっそう面白くなる。別れた札が場にあったとき、選手がどのように手を動かしていくかに着目してテレビを見てみよう。見て欲しいのは空札のとき。例えば場に「た」札が「たか」と「たき」の2つだけがある時、場に無い「た」札(たとえば「たごのうら・・」)が読まれたとする。プレイヤーが「た」の瞬間どのように手を動かすか、それを観ればある程度はその選手が考えている取り方が分かる。
さらに、同じ音で始まる札が3枚以上あったら戦略はもっと複雑になる。「あ」で始まる札は全部で16枚もあるのだ。もっと言えば、「せ」、「す」、「さ」は常に1音目だけ聞けばその札を取れる一字札であるが、子音が「S」音で共通している。上級者は最初の子音で動き出して母音が出るまでに札の上空に手を到達させることができるので、別れ札と同じ扱いである。それら個々のパターンについて触れれば紙面がいくらあっても足りない。
個々の状況それぞれの札で、どのように選手が決まり字前の手の出し方を工夫していくのか、考えながら観戦すると面白いだろう。
競技かるたのルールはお互いが自陣に25枚ずつ札を持った状態から試合を始め、先に自陣の札がなくなったほうが勝ちである。敵陣を取った時は自陣から好きな一枚を相手に送ることで自陣を一枚減らす。後で詳しく述べるが、「札を送る選択権を得る」ことはその分戦略上相手に優位に立てるのだ。つまり競技かるたは、同じ一枚を取るなら、一般的には敵陣を取るほうが自陣を取るよりも戦略的有利と言える。(例外も多いが)。したがって、敵陣を取ろうとする「攻め」と自陣を取ろうとする「守り」の2つを区別して観戦すると面白い。
さきほどの例と同様、「た」札が2枚「たか」と「たき」が場にあって、どちらかが敵陣、どちらかが自陣に別れている場合を考えよう。競技かるたのセオリーは、一音目の「た」の音で敵陣を攻め、まず戦略上有利となる敵陣の一枚を確実に確保することを狙う。自陣が読まれた場合、相手が同じようにこちらを1字目で攻めて来れば取られてしまうが、少しでも相手の攻め手が甘ければ自陣に「戻り手」をして守ることが出来る。
上級者の試合を一般人が見ると常に自陣の札を直接取りに行っているように見えるのだが、スロー再生で見ると、実はしっかり敵陣を攻めてから自陣に戻る「戻り手」の動きがはっきりと確認できる場合があるのだ。名人クイーンクラスは戻り手の動きがスムーズなので、素人目にはスロー再生でないと戻っているようには見えない。名人戦クイーン戦中継では一枚ごとに必ずスロー再生が入るので、札を取るまでにどのような軌道を描くか見てみると面白い。戻りの動きを見せた時、敵陣のどんな札を攻めてから戻ったのかまで、確認できるとなお面白い。
もちろん、上記はあくまで1つのセオリーであって、名人クイーンクラスともなるとあえて一音目では手を出さずに、2音目を聞いてから自陣も敵陣も両方取りに行くこともある。敢えて一音目の瞬間で敵陣の狙い札ぎりぎり上空まで手を伸ばさず、戻りやすくしておくこともある。これらの取り口とその背景にある戦略がテレビ観戦で判断できると、かなり観戦者としては上級である。
なお、1音目で敢えて自陣の札を取りに行って、違った場合に敵陣を取りに行くという動きは、あまり見られない。戦略上敵陣を取ったほうが得というのがその理由の1つだが、もう1つには、人間の身体の構造からして、敵陣を攻めてから戻る体重移動のほうがその逆よりも速いという理由がある。つまり大抵は、自陣から先に行ってから敵陣に行こうとすると相手の戻り手の方が早くて、敵陣が読まれるとまず間違いなく守られてしまうのだ。ただし、決まり字の長さによっては自陣→敵陣の動きもありうるので、そのあたりを注目するのも面白い。
過去の名人では種村永世名人がこの、あえて「自陣→敵陣」の動きで札を取りに行くスーパープレーを得意としていた。相手の戻り手の早さを上回る払いのスピードが、不利なはずの身体の動きを必殺技に仕立て上げたといえよう。なお西郷名人もごくたまにだがこの技を披露することがある。今年の名人戦で出るかどうか着目してみては。
このように、場に複数の札があるときの取り方には数多くのバリエーションがあり、札の配置、試合の流れ、決まり字の長さ、相手との相性、そして駆け引きで、それらを使い分けるのだ。その辺に着目してテレビ中継を見るのも面白い。
ベテラン選手同士の試合になると、 “この札はそちらに差し上げますから自分はその代わりこちらの札を取りに行きますよ”、なんて無言の駆け引きを試合中常に行っている。今回の名人戦クイーン戦に登場する4人は駆け引きを重視するタイプではないので、そのあたりは見られないかも知れないが。
上で、「一般的には、同じ一枚を取るなら敵陣を取るほうが自陣を取るよりも、札を送る権利を得られる分戦略上有利」と書いた。つまり、送り札の選定は試合を有利に運ぶための重要な戦略ポイントである。また、競技かるたでは自陣の札を試合中いくらでも配置換えできる。この、「送り札」と「配置」について少し触れてみる。ただ残念ながら、この場で全ての配置と送りセオリーを書きつくすのは到底紙面の都合で無理(本一冊分になるだろう)なので、ごくごく基本だけ。
競技かるたの選手はほぼ全員、自分なりの「定位置」を持っている。自陣の札をいつも同じ配置にして練習することで、自陣の札は無意識に取れるようになる。自分の定位置を敢えて外す場合、その理由としては、「左右のバランス」(例:右に決まり字の短い札ばかりが並んでいる時左に移動する)や、「戻り手の考慮」(例:敵陣と自陣に札が分かれているとき、戻りやすい位置に自陣の配置を調整する)などがある。このあたりをテレビ観戦できると面白い。
ただ、今年の名人戦クイーン戦の出場選手についてはこうした札の移動をすること稀である。土田挑戦者が時折見せるのが、自陣の右が定位置の札をあえて自陣左上段に置く、というパターン。敵陣右の下段を中心に攻める選手に対しては、相手の狙いを削ぐ戦略意味が強い。西郷名人は過去の対戦ではそれをあまり苦にしていないようである。今年はどうだろうか。
さて、次に送り札に関して少し。いろいろなセオリーのなかに、最も基本である「共札を分ける」というものがある。まず「共札」について説明を。たとえば「う」で始まる札は「うか」「うら」の2枚しかない。これらは互いに「共札」という。また、「か」で始まる札は全部で4枚あるが、そのうち「かぜ」で始まる札が「かぜを」「かぜそ」の二枚ある。この2枚もやはり互いに「共札」と呼ぶ。競技かるたでは、読まれた札が置かれている陣にある別の札を触ってもお手付きにならない、というルールが存在するため、もし共札が2枚とも同じ陣にあれば、決まり字が短くなったのと同じなのだ。なぜなら、「うか」「うら」が2枚とも同じ陣にあれば、「う」の一文字で両方とも払ってしまえばよいのだから。
自陣にこうして共札の両方があった場合、どちらか一枚を敵陣に送るのがセオリーだ。序盤で相手に共札を狙われて決まり字前に両方とも払われるというリスクを避けるためである。一般的には、自陣はいつも同じ札の配置だが敵陣は相手が違えば異なるので、敵陣を重点的に暗記したい。そのため普通は自陣を序盤から狙うことはほとんど無い。それゆえ共札の一方を送って分けるのがセオリーとなる。
無論、名人クラスになると、自陣を狙わずとも決まり字前に自陣の共札を両方払って取る高級技を持ち合わせる選手もいる。なかなか共札を分けない場合も少なくない。テレビ観戦では、どのタイミングで共札を分けるのか、見てみても面白い。
なお、共札が敵陣自陣に分かれている場合、なるべくそれらをくっつけるようには送らないというのも1つのセオリーだ。詳細は省略するが、後から相手に共札の逆側を送られると暗記が混乱しお手付きリスクが発生するというのがその1つの理由だ。もちろん、共札をくっつけるように送れば狙って決まり字前に両方を払えるというメリットがあるので、ごくごく稀にこの「共札くっつけ送り」を多用する一流選手もいる。かつて通算14期クイーン位を努めた渡辺永世クイーンがその代表格であった。左右におかれた共札を決まり字前に両方とも払う「渡り手」の動きの速さが誰の追随も許さぬ超一級品だったため、なしえた戦略である。
ちなみに、西郷名人は自陣に共札の両方があるとき、その2枚を左右に分けて配置し、相手が決まり字前にどちらか一方を払うその瞬間にもう一方を払って、着実に1/2の確率で一枚をキープするという小技を得意としている。簡単なようだが並みの選手には意外と難しい玄人技である。今年の名人戦中継では見ることができるかどうか。
競技かるた名人戦・クイーン戦のテレビ中継では、読まれた札がテロップに出る。このとき、その札がその時何字決まりだったかが色で表示される。選手が札を取ってからテロップが出るまでの一瞬の間がある。なのでテレビで観戦する際には、
“今のは何字目を聞いて札を取ったのか”を、自分の耳と選手の動きとから予想してみるのも面白い。名人・クイーンクラスの札際の厳しさと決まり字の聞き分けの速さを、より実感できるだろう。
決まり字前に札際ギリギリまで手を近づけ、決まり字の瞬間に手を加速させるテクニックが札際の厳しさである。それから決まり字をいかに早いタイミングで聞き分けるかというそのテクニックが「聞き分け」である。とくに西郷名人、楠木クイーンの2人はこの札際の厳しさと聞き分けの2点では斯界の双璧である。
上の項で送りのセオリーについて述べたが、共札を分ける以外にどんな送りのセオリーがあるか。決まり字の長さという観点から1つ2つだけ紹介すると、基本的には、1字決まり2字決まりの札を重点的に送り、中でもとくに決まり字が短く変化した札を送る、というのがセオリーだ。それから、共札が場に無い3字決まりの札(つまり、「かぜを」が3字決まりの状態で自陣にあって、両陣に「かぜそ」が無い場合)は基本的には送らない、というのもセオリーだ。
単独の三字決まり札を送らない理由はいくつもあるのだが、1字決まり2字決まりを狙って攻めておけば、自陣の3字決まりは2字目を聞いてから敵陣から戻っても間に合う、というのが1つの理由である。上にも述べたように、敵陣を攻めてから自陣に戻る動きは、その逆をやるよりもやりやすいのである。あるいは、2字目を聞いてから動き出して自陣の3字決まりを取りに行ったとしても、距離が近いため十分間に合うという理由もあるのだ。相手が1字2字で攻めてきていても札際のブロックが甘ければ、後から行っても札際の聞き分けと加速で相手の手を追い抜ける。ちなみに、単独の4〜6字決まりも3字と同様だ。1字目の反応の速さよりも決まり字際の厳しさと聞き分けの勝負になる。
ちなみに、この「自陣の単独3字決まり札を送らない」というセオリーを比較的頻繁に崩すのが楠木クイーンである。クイーンは十分攻め抜くだけ自信を持っているのだろう。
名人・クイーンの聞き分けの早さをぜひテレビの字幕テロップで堪能されたい。中継では送り札も時々テロップで出る。確認してみるのも面白いだろう。
以上、勝手ながら簡単に4つほど、テレビ観戦のポイントを書いてみた。あくまで競技かるたの奥深い世界の本当に氷山の一角だけを述べてみた。過去何年か中継をご覧になったことがあるかたは、今年はディープな楽しみ方をしてみるのもいいのではないだろうか。